13月【十三月の子供の国へ】「まるちゃん、私のお姉ちゃんなの。」 たまちゃんが、嬉しそうに言いました。 「え?たまちゃん、お姉ちゃんなんていないでしょ?」 まるちゃんが不思議そうに聞きました。 放課後の約束通り、まるちゃんはたまちゃんの家へ遊びに来たのです。 するとそこには、ふわふわとパーマ掛かった髪をなびかせた、きれいなお姉さんが居ました。 「たまえ、もうおばちゃんで良いって言ったじゃない。」 「だって、ずっとお姉ちゃんって呼んでたんだもん。」 2人は、仲良さそうににっこりと笑い合いました。 「へえ、たまちゃんのおばさんなんだ。」 「うん、お母さんの1番下の妹なの。」 お姉さんがお土産に持って来てくれたケーキを食べながら、たまちゃんが言いました。 「たまえが産まれたころ、私はまだ学生で、おばさんって呼ばれるのがすっごく嫌でね。私の事はお姉ちゃんって呼ぶんだよって言い聞かせたのよ。」 お姉さんが笑います。 たまちゃんのお母さんによく似たお姉さんでした。 「このケーキ、すっごく美味しい。」 まるちゃんがにこにこしながら言います。 「そう?良かった。私の近所のケーキ屋さんなの。たまえは小さい頃、ケーキの苺と生クリームがとっても好きでね。」 お姉さんが懐かしそうに話します。 「誕生日やクリスマスに何が欲しいか聞いたら絶対にケーキって言うのよ。」 「やだなあ、そんな昔の事。」 たまちゃんの小さい頃の話を、お姉さんはいろいろ聞かせてくれました。 「途中まで、まるちゃん送って行くね。」 楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまいました。 冬の夕暮れはとても早いのです。 「私も行こうかな。」 「とんでもない。」 たまちゃんのお母さんが言いました。 「寒いし道路は滑るのよ。今が一番大事な時期なの。あなたに何かあったら和幸さんに何て言えば良いの。」 和幸さんとは、お姉さんの旦那さんでした。 お姉さんは、今は結婚してお腹に赤ちゃんがいるのです。 「はぁい。」 お母さんに叱られた子供の様に、お姉さんは返事をしました。 「ねえ、今日、一緒に寝ようか?」 お風呂あがりにお姉さんがたまちゃんに言いました。 「うん。ねえ、お母さん、お姉ちゃんの隣りにたまえのお布団敷いて。」 「仕方ないわねえ。2人とも。」 子供みたいでとお母さんは言いました。 「昔はよく一緒に寝たもんね。」 「そう言えば、たまえが3才くらいの時だったかしら。あなたの事、お母さんって呼んでた時があったわねえ。」 「…そう、だったかしら。」 お姉さんの顔が、一瞬、曇りました。 「ねえ。」 たまちゃんはお姉さんのお布団に入って行きました。 「暖かいね。」 2人で笑いました。 「そういえば、さっき、お母さんが言ってたこと。」 「なあに?」 「思い出したの。お姉ちゃんのコト、お母さんって呼んだ時。」 お姉さんは笑ってはいませんでした。 「何でか、お姉ちゃんはお母さんなんだって思ったの。でもね、しばらく経ったら、やっぱりお姉ちゃんだったって思ったの。」 「たまえ…。」 お姉さんはたまちゃんをきつく抱きしめました。 「お姉ちゃん?」 抱きしめたまま、お姉さんは泣いていました。 声もたてず、けれど、たまちゃんにはお姉さんが泣いているのが分かったのです。 夢の中でも、お姉さんは泣いていました。 「お姉ちゃん、どうしたの?」 たまちゃんが聞きます。 「赤ちゃん…。」 お姉さんが言いました。 「私の赤ちゃんが、何処かに行ってしまったの。」 お姉さんは、静かに泣いていました。 「たまえ、散歩に行こうか?」 2人でお留守番をしていた時でした。 「えっ、でも…。」 「コート着て、マフラーして、暖かくしてれば大丈夫だって。」 お姉さんのにっこりとした顔には、たまちゃんは昔から逆らえないのです。 たまちゃんの手を引いて、お姉さんが行った先は、近所にぽっかりと穴の開いた様にある空き地でした。 大きな樫の木が1本、生えています。 根本の乾いた落ち葉の上に2人でぴったりと寄り添うように座りました。 たまちゃんはお姉さんのお腹をそっと触りました。 「赤ちゃん、いるよね。」 「まだあんまり目立たないけどね。」 お姉さんは笑いました。 「昨日ね、変な夢、見ちゃったの。お姉ちゃんが泣きながら赤ちゃんを捜してる夢なの。」 お姉さんはたまちゃんをじっとみつめました。そうして、おもむろに、 「前に、2人でここに座った時のこと、覚えてる?」 そう聞いたのです。 「ううん。」 たまちゃんは首を振ろうとしました。マフラーのせいで、上手くいきませんでした。 「そうだよね、まだ3才くらいだったもんね。」 お姉ちゃんは懐かしそうに、そして何故か辛そうに言いました。 「たまえが私のことを、お母さんって呼んでくれた時、お姉ちゃんのお腹には、本当に赤ちゃんがいたのよ。」 たまちゃんは驚きました。 確かその時、お姉さんは20才くらいで結婚はしていなかったのです。 「びっくりしたの。自分でもまさかと思ってたし。…でもね、産めなかったの。」 お姉さんの声は、ひどく穏やかでした。 「誰にも言えなくて、どうしていいのかも判らなくてね。そしたら、たまえが、私のこと、お母さんって呼んでくれたのよ。」 「お姉ちゃん…。」 「私には、お腹の赤ちゃんの替わりに、たまえがそう呼んでくれてる様な気がしたの。産めない私を、それでもお母さんって呼んで、許してくれている様な気がしたのよ。」 お姉さんはたまちゃんをぎゅっと抱きしめました。 「それからね、赤ちゃんがいなくなってから、またここに来て、たまえに、お姉ちゃんの赤ちゃん、何処に行ったんだろうねって聞いたの。そしたら、きっと、絵本か何かで読んだのね。13月に行ったんだって言うの。1年と1年の間にある国なんだって。12月でも1月でもない13月は子供の国だって言うの。誰からも忘れ去られたような国だけれど、誰かがたった1人でも覚えていたなら、13月はあるんだよって。お姉ちゃんの赤ちゃんは、きっとそこに行ったんだよって、そう、言ったのよ。」 たまちゃんは、少しだけ思い出しました。 小さい頃、本当に小さい頃に呼んだお伽話です。 小さな子供達の小さなお伽の国。 常春の花の咲き乱れる緑の国。 幸せな国。 「お姉ちゃん…。」 たまちゃんはもう1度、お姉さんのお腹に触れました。 「お腹の赤ちゃんも、きっと13月から来たんだね。」 お姉さんは涙の浮かんだ瞳で、にっこりと微笑みました。 お姉さんが帰って、今年も暮れる日が来ました。 大晦日の紅白歌合戦を見終わって、除夜の鐘を聞きながら眠ったたまちゃんは、13月の国へ行った夢を見ました。 クリスマスツリーの様な大きなもみの木の見守る国でした。 パッチワークのように、赤いチューリップが咲いていれば、あっちには黄色いたんぽぽが咲いています。 緑の絨毯の上で、子供達が走り回っていました。 「観覧車に乗ろうよ。」 13月の子供の国で、たまちゃんは、小さな男の子に話し掛けられました。 くるくるとしたおおきな瞳の、可愛い男の子でした。 「ほら、あっちのもみの木の観覧車。」 男の子の小さな手に引かれて、たまちゃんも走り出します。 この子がお姉さんの赤ちゃんなのだと、たまちゃんには何故かわかったのです。 この春にお姉さんは、今度こそ本当のお母さんになります。 【あとがき】~由記~ これも書きたかったお話。 「13月」って子供の頃に読んだ「森は生きている」の中に出てきたっけ?(うろ覚え…) 子供の頃の本って、良い本沢山あったような。 ナルニア国物語とか、小学生の時に読んでおけばよかったと今更ながら思う由記でした。 |